高知地方裁判所 昭和62年(ワ)304号 判決 1989年2月09日
原告
別役宗治
被告
有限会社カーセンター大西
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金三三四万九六七三円及びこれに対する昭和六一年一二月一日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求はいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金一四二四万一六三〇円及び内金一二八四万一六三〇円に対する昭和六一年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告らの請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 交通事故の発生
原告の母別役美好(以下「美好」という。)は、昭和六一年一一月一一日午後五時五八分頃、香美郡野市町東野一三七七番地一先国道五五号線を北から南へ横断歩行中、西から東に走行してきた被告岡村伸二運転の普通乗用自動車(高五六つ三六一六号、以下「加害車両」という。)に衝突され、脳挫傷、肺破裂・肋骨骨折・骨盤骨折・右脛骨右腓骨骨折・左脛骨左腓骨骨折等瀕死の重傷を負い、二時間後の同日午後八時〇五分死亡した。
2 被告らの責任
(一) 被告岡村は、本件事故現場付近の道路が制限速度五〇キロメートルであるにもかかわらず時速八〇キロメートルという高速で運転していたため、横断歩行中の美好を認めるも衝突を回避できなかつた同人の全面的な過失により本件事故が発生したのであるから、民法七〇九条により亡美好及び原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告有限会社カーセンター大西(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時、加害車を自社販売車の下取りとして取得し、これを販売するために従業員の被告岡村に加害車両を移送させ、もつて自社の運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、原告に損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 逸失利益
美好は、本件事故当時、年間恩給による公務扶助料を金一五一万一〇〇〇円、国民年金を金三二万二三〇〇円の合計金一八三万三三〇〇円受給していた。
美好は、大正四年六月一〇日生まれの満七一歳の女子であつたから、本件事故がなかつたならば、なお一四・〇九年を下らない期間生存可能であり(昭和六〇年簡易生命表)、この間、右各年金の支給を受けられたことは疑いない。本件事故により美好が死亡し、右各年金の受給権が失われたのであるから、右受給権の喪失は本件事故による損害とされるのが当然である。
亡美好の生活費は、多くとも受給年金額の三割であつた。
よつて、美好の逸失利益は、左のとおり金一三三五万七九七三円を下らない。
1,833,300×(1-0.3)×10.409←14.09年に対する新ホフマン係数=13,357,973
(二) 慰謝料 金一五〇〇万円
原告は、父政光が第二次世界大戦のフイリツピン戦線で昭和二〇年三月四日戦死した時幼少の九歳であつた。美好は、夫政光の出征後、高齢の六四歳の舅と五四歳の姑と、幼子を養うため必死に働きつづけてきた。当時の農業はほとんど手作業で、男手の無い美好は常に作業員を雇わねばならず、さりとて農産物の現金売りは思うにまかせず、農作物の植付から収穫までの作業のみならず金策や家事全般の仕切りをもしなければならず、男勝りで一家の支柱として頑張つてききた。
近年になつて、原告夫婦・孫夫婦と漸く複数で農業に従事できだして、農業機械も購入でき、園芸物等も作付できだして生活の安定もはかれるようになつた。最近曽孫も生まれて、家族の皆から「おばあちやんもやつと落ちつけるね、これからは楽をしてね。」などといわれていたやさきの本件事故である。
美好の死亡による原告の精神的打撃を仮に金銭で償うとすれば、慰謝料は金一五〇〇万円を下らない。
(三) 葬儀関係その他 金一七五万四六四〇円
原告は、美好の通夜及び葬儀のため金九五万四六〇〇円を支出し、なお金八〇万円を下らない墓石建立費を要する見込みである。
4 相続
原告は、美好の長男であり、美好の唯一の相続人である。
よつて本件事故による美好の損害賠償債権(逸失利益分)を相続した。
5 弁済関係
原告は、前記の損害額のうち金二九二九万五六三〇円に対し、自動車損害賠償保険より金一六四五万四〇〇〇円を受領した。
よつて前記損害額から右受領金を控除した残金一二八四万一六三〇円について、原告は被告らに対し損害賠償請求権を有するものである。
6 弁護士費用
原告は、訴訟代理人に本件損害賠償手続を委任し、弁護士費用として着手金二〇万円を支払い、勝訴のときは認容額の一割を報酬として支払う旨約した。右弁護士費用は、請求額を基礎とすると金一四〇万円(着手金二〇万・報酬一二〇万)となり、本件事故による損害として被告らにおいて支払うべきである。
7 請求
よつて原告は、被告らに対し、金一四二四万一六三〇円及び右のうち弁護士費用を控除した金一二八四万一六三〇円について本件不法行為の後である昭和六一年一二月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実中、美好が北から南へ横断歩行中であつた点を除き、その余の事実については認める。
2 同2(一)の事実中、本件事故現場付近の道路の制限速度が時速五〇キロメートルであることは認め、美好が横断歩行中であつた点を除くその余の事実は争う。
同2(二)について、被告会社の損害賠償義務は争い、その余の事実は認める。
3 同3(一)について
恩給及び年金収入を逸失利益とする点は争う。
なお、美好が恩給及び国民年金を受給していたことは不知。美好が平均余命期間生存できたとする点につき争う。
美好は健常者の労働能力は有していなかつたものであり、仮に有していたとしても、その逸失利益は、一日四〇〇〇円程度、月収一〇万円(二五日労働)を基礎として計算すべきである。
同3(二)について、原告が美好の長男であることは認め、その余の事実は不知。
同3(三)の事実は認める。
4 同4について、原告が訴訟代理人を選任したことは認め、その余の事実は不知。
三 抗弁
(過失相殺)
美好は、夕暮時、場所的にも時間的にも交通量の激しい危険な幹線道路において、押ボタン式の信号のついた横断歩道から約四〇メートルの地点を漫然と横断していたものであるから、被告岡村にスピード違反の過失があるとしても少なくとも三〇パーセントの過失相殺をすべきである。
四 抗弁に対する認否
過失相殺の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求の原因1の事実については、成立に争いのない甲第一四ないし第二七号証、第三一ないし第三五号証によれば、美好が本件事故現場道路を北から南へ横断歩行中であつたことが認められ、その余の事実については当事者間に争いがない。
二 請求の原因2について
本件事故現場付近の道路の制限速度が時速五〇キロメートルであることは当事者間に争いがなく、美好が横断歩行中であつたことは前記認定のとおりであり、これら事実及び前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。
被告岡村は、加害車両を運転して国道五五号線を南国市方面から安芸市方面向け片側二斜線の外側車線を進行し、本件事故現場約一〇〇メートル手前に至つたとき、自車線を走行する先行車を追い抜くため時速約八〇キロメートルで内側車線に車線変更して進行したところ、同先行車を追い抜いた直後、進路前方を左から右に横断歩行中の美好を発見し、直ちに急制動したが及ばず、同加害車両を同人に衝突させ、同人を死亡させたものであることが認められ、これら情況に、本件事故現場道路の最高速度制限が時速五〇キロメートルであること、本件事故日時(昭和六一年一一月一一日午後五時五八分頃)等を合わせると、本件事故は被告岡村の高速度運転が原因で惹起されたものというべく、同被告の右行為に過失があることは明らかである。
したがつて、被告岡村は民法七〇九条による不法行為責任として本件事故による美好に生じた損害を賠償すべき義務がある。
また、前掲各証拠によれば、被告会社は、本件事故当時、加害車両を自社販売車の下取りとして取得し、これを販売するために被告会社の従業員であつた被告岡村に加害車両を移送させていたものであることが認められ、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。
よつて、被告会社は自賠法三条の「運行の用に供していたもの」として、同条による損害賠償責任を負うべきであり、同被告の責任は被告岡村の責任と不真正連帯債務の関係にある。
三 損害
1 逸失利益
(一) 成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第三六号証、乙第一号証、原告本人尋問の結果及び前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。
美好は、大正四年六月一〇日生の女子で、死亡当時満七一歳であつた。美好の長男である原告は専業農家であり、美好は原告の長男夫婦と同居し、原告家族の農作業及び家事労働全般を補助していた。
美好は数年前糖尿病を患つたり、また昭和六一年二月から八月まで変形性膝関節症で入院治療したこともあるが、本件事故時においては、それらの症状は一応治癒していたものであつて、年齢相応の労働能力を有していたものである。
美好は、本件事故当時、恩給法による公務扶助料として年額金一五一万一〇〇〇円、国民年金による給付金を年額金三一万二〇八三円(死亡前年度である昭和六〇年度分)を受給していたのであつて、同恩給及び年金は美好が本件事故で死亡しなければ同人の平均余命年数である約一四年間は受給しえたものである。
(二) 以上の事実を認めることができ、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、前記恩給及び年金は受給者側の一部拠出によるものであること、主として受給者の生活保障の主旨で給付されるものであるが、それのみならず損失補償的意味合いも有していることなどの点を考慮し、これら恩給及び年金の性格及びその金額等に前記認定事実等を総合すると、本件の場合は、美好が労働可能であつた期間は少なくとも六五歳以上の女子の平均賃金と同程度の収入を得られたものであり(年金等の収入も含めて)、同平均賃金年額二一三万五〇〇〇円を基礎に同人の平均余命一四・〇七年の約二分の一である七年間労働が可能であつたとし、かつその間の生活費控除は四割として逸失利益を算出するのが相当であり、その後同人の死亡までの期間は恩給及び年金収入を基礎にかつ生活費控除は七割として逸失利益を算定するのが相当と思料する(なお、現価計算には新ホフマン係数使用。)。
したがつて、
(ア) 労働可能期間の逸失利益
2,135,000×(1-0.4)×5.874=7,524,594
(イ) その後の逸失利益
(1,511,000+312,083)×(1-0.7)×(10.409-5.874)=2,480,304
であるから、その合計は金一〇〇〇万四八九八円となる。その他右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 相続
原告が、美好の長男であることは当事者間に争いがなく、前掲原告本人尋問の結果によれば、原告が本件事故による美好の損害賠償請求債券を相続したことが認められる。
2 死亡による慰謝料
前記認定の事実、その他本件に顕われた諸般の事情を勘案すれば、美好が死亡したことにより原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、後記過失相殺の事情をも考慮し、金一一二五万円の慰謝料をもつて相当とする。
3 葬儀費用
被告らに負担させるべき葬儀費用としては金七五万円が相当である。
四 過失相殺
1 前掲各証拠並びに前記一、二の争いのない事実及び認定事実によれば、次の事実を認めることができる。
本件事故現場道路は片側二車線ずつで、中央分離帯及び車道外側に歩道の設けられた道路であり、高知県内における主要幹線道路(国道五五号線)である。同道路は普段から交通量も多く、かつ本件事故現場付近は道路環境も比較的良好であるため高速運転車両が多い場所であると推察される。また本件事故現場は丁度バスの停留所になつており、被告岡村進行の車道外側線の外側にはバスの停車地帯が設けられているため、歩道から中央分離帯まではおよそ三車線分の幅員となつている。そして、右バス停から東へ約四〇メートルの地点に押ボタン信号機設置の横断歩道があり、同横断歩道によつて中央分離帯が切断されている。
美好は、右バスの停留所でバスから降車し、バスの停車地帯が設けられていて最も幅員の広くなつている道路箇所を歩行横断したものである。
以上の事実が認められ、その他右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
2 右認定事実を総合すると、美好においては、約四〇メートル東に設置されている押ボタン信号機を利用して同所を横断すべきであつたのに、それをせず最も幅員の広い道路箇所を左右安全確認不十分のままに横断した点に過失があるといわざるをえない。
そして、本件事故は被告岡村とこの美好の過失が競合して惹起されたものというべきであつて、前記各認定の一切の事情を総合勘案すると、本件事故における美好の過失割合は二割五分と評価するのが相当であり、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。
五 損害の填補
請求の原因3(三)の事実については当事者間に争いがない。
六 まとめ
以上、原告の損害のうち被告らが連帯して賠償すべき金額は、前記三の逸失利益に過失相殺をした金額に慰謝料及び葬儀費用を合計した金額一九五〇万三六七三円から損害填補分金一六四五万四〇〇〇円を差引いた金額三〇四万九六七三円である。
七 弁護士費用
原告が本件代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことについては当事者間に争いがなく、本件事件の性質、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに請求しうべき弁護士費用は金三〇万円が相当である。
八 結論
原告の被告らに対する本訴請求は各自金三三四万九六七三円及び内金三〇四万九六七三円に対する本件不法行為後である昭和六一年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本由美子)